研究内容
プラスチック・ゴム・繊維などの高分子材料は、その一次構造(モノマーの並び方)や分子量を精密に制御することで、新たな機能を発現します。この分子設計を可能にするのが、革新的な合成手法や高選択的な触媒の開発です。
高分子化学研究室では、有機金属化学をベースとした新しい重合手法・高分子反応・高性能触媒の開発に取り組んでいます。新たな合成手法を開拓することで、高強度・高透明性・リサイクル性・オンデマンドな分解性といった、これまでに無い特徴的な機能を持つ次世代ポリマーの創出を目指します。以下に詳細な研究内容を示します。
① 環状フルオロアリールボランを用いた高分子合成(田中)
フルオロアリールボラン類は適度なLewis酸性を有し、他のLewis酸とは異なるユニークな反応性を示すことが多い化合物群です。高分子合成の分野でも、金属錯体触媒と組み合わせたオレフィン重合や、カチオン重合に用いられます。最近我々は、独自に合成した環状構造を有するフルオロアリールボランが高いBronsted酸性を示すこと、非常に高いオレフィン重合触媒の活性化能を示すこと、β-ピネンのカチオン重合において特異な選択性を示すことなどを見出しました。このような特徴は、環状フルオロアリールボランが脱プロトン化されてできる芳香族アニオンの性質に依るものだと考えられます。この化合物をより広い範囲の有機合成反応に利用することを目指して、現在研究を続けています。
1) Ajala, Tanaka, et al. Macromolecules, 2024, 57, 9257.
2) Tanaka, Ajala, et al. Prog. Polym. Sci. , 2023, 142, 101690.
3) Nakashima, Tanaka, et al. ACS Catal., 2021, 11, 865.
② アルミノキサンの改質による簡便な高性能触媒の開発(田中)
オレフィン重合における均一系触媒の設計戦略は、そのほとんどが金属錯体の配位子の構造を嵩高く、剛直な構造とするものに偏っています。その結果、近年では、高機能な触媒の開発のために極めて煩雑かつ長大な合成工程を要する例が増えています。我々はメチルアルミノキサン(MAO)に単純な修飾処理を施したものを組み合わせて用いることで、1ステップで合成可能な既存の触媒に最新の高性能触媒と同等の選択性を持たせることに成功しました。MAOは市販されている化合物であるため、このような手法は既存の設計戦略と比べて合成の簡便性が保証されている点が優れていると言えます。他にも我々はMAOに対してホウ素を導入することで、金属錯体触媒の活性化効率を10倍に引き上げることに成功したり、シリカによる簡便な処理によってMAOに含まれるトリアルキルアルミニウムを選択的に除去し、リビング重合に利用できることを見出したりしています。

主要文献:
1) Jia, Tanaka, et al. Submitted.
2) Tanaka, et al. Organometallics, 2022, 3024.
3) Okajima, Tanaka, et al. Eur. J. Inorg. Chem., 2019, 2392.
4) Tanaka, Kawahara, Shinto, et al. Macromolecules, 2017, 50, 5989.
5) Tanaka, Hirose, et al. Polym. J., 2016, 48, 67.
③ 比較的環境負荷の小さい開環重合触媒の開発(中山)
ポリ乳酸やポリ(ε-カプロラクトン)などの脂肪族ポリエステルは、主に環状モノマーの開環重合によって合成されます。2-エチルヘキサン酸スズはそのような環状エステルモノマーの開環重合に広く使用されています。しかし、スズ触媒の残渣による生体への悪影響が懸念されています。我々は、より有害性が低いと考えられる元素を用いた、新たな重合触媒系を開発しています。例えば、嵩高いルイス酸性アルミニウム化合物に嵩高いルイス塩基を組み合わせた触媒系が、乳酸の環状二量体であるラクチドの開環重合に高い活性を示して分子量分布の狭いポリ乳酸を生成するのに対し、ルイス酸ホウ素化合物を用いるとラクチドとアルコールの1:1付加物を与えることを報告しています。ルイス酸性鉄化合物は、ラクチドやε-カプロラクトンを開環重合し、それらの共重合性が嵩高いルイス塩基により制御できることを見出してしています。ケイ素を活性点に有する開環重合触媒系を初めて報告しています。
主要文献:
1) Nakayama, Omori, et al. Catalysts, 2024, 14, 945.
2) Nakayama, Katagi, et al. Int. J. Polym. Sci., 2023, 4391372.
3) Nakayama, Yamaguchi, et al. Mol. Catal., 2022, 519, 112121.
4) Nakayama, Kosaka, et al. J. Polym. Sci. Part A: Polym. Chem., 2017, 55, 297.
④ 希土類・鉄触媒を用いた共役ジエンの精密重合(田中)
ブタジエンやイソプレンなどの共役ジエンを重合させて得られるポリマーは合成ゴムの主構造として知られていますが、実際の性質はその立体規則性によって大きく異なります。異なる立体規則性を持つ部分を1本のポリマー鎖内に有するステレオブロックポリマーは、単一の立体規則性を持つポリマーの混合物では観測されないような新たな物性を示すことがあり、注目されている材料の一つですが、通常共役ジエンの精密重合に用いる配位重合でステレオブロックポリマーを合成する手法は限られていました。我々はネオジムを用いた触媒系に有機アルミニウム添加剤を加えることで、共役ジエンの重合中に成長ポリマー鎖を切断することなく立体特異性を大きく変化させ、ステレオブロックポリ共役ジエンの合成に初めて成功しました。また、より安価な鉄触媒の開発にも取り組んでおり、ブタジエン重合において鉄触媒としては最高レベルのcis-1,4特異性を示す触媒を開発しました。

主要文献:
1) Tanaka, et al. Organometallics, 2020, 39, 1855.
2) Tanaka, Shinto, Matsuzaki, et al. Dalton Trans., 2019, 48, 7267.
3) Tanaka, Yuuya, Sato, Eberhardt, et al. Polym. Chem., 2016, 7, 1239.
⑤ ボロン酸で架橋された炭化水素ポリマーの精密合成 (田中)
ボロン酸には、自身や様々なアルコールとの間に脱水を伴う平衡が存在します。近年、これらの平衡を分子認識や材料の修復に利用する形で、高分子材料を高機能化させる研究が盛んに行われています。しかし、このようなボロン酸官能基をポリオレフィンや共役ジエンポリマーのような炭化水素ポリマーに導入する方法は限られており、特に最も効率的な手法である直接共重合は困難でした。最近、我々はリビング重合の利用や新規モノマーの設計によって炭化水素ポリマーにボロン酸を自在に導入する手法を開発しました。現在、これらの手法を利用したリサイクル可能な高機能材料の開発をおこなっています。
大学によるインタビュー記事もご覧ください.
主要文献:1) Shimizu, Tanaka, et al. Submitted.
2) Bando, Tanaka, et al. Macromolecules, 2024, 57, 7565.
3) Tanaka, Fujii, KIda, et al. Macromolecules, 2021, 54, 1267.
4) Tanaka, Tonoko, et al.Polym. Chem., 2018, 9, 3774.
⑥ 生分解性を有する熱可塑性エラストマーの開発 (中山)
近年、プラスチックの環境負荷を低減する方策の一つとして、再生可能資源から得られる高分子や生分解性とリサイクル性を持つ高分子の開発が盛んに検討されています。ポリ乳酸は植物由来の生分解性ポリマーとして注目されていますが、比較的硬いがやや脆いポリマーです。我々は、比較的入手しやすい原料から調製したソフトな脂肪族ポリエステルブロックを中央に配し、両端にハードなポリ乳酸ブロックを配したトリブロック共重合体を精密に構築することにより、熱で成型可能なゴムとしての性質(熱可塑性エラストマー)を示し、海洋での高い分解性を有する材料を開発しています。

主要文献:
1) Nakayama, Matsu-ura, et al.. Polym. Degrad. Stab., 2024, 229, 119078.
2) Zahir, Nakayama, et al.. Polym. Degrad. Stab., 2021, 184, 109467.
3) Zahir, Nakayama, et al. Polym. Degrad. Stab., 2020, 181, 109353.
4) Nakayama, Aihara, Yamanishi, et al. J. Polym. Sci. Part A: Polym. Chem., 2015, 53, 489.
⑦ 高い融点と生分解性を併せ持つ配列が制御された新規共重合体の合成(中山)
ポリエチレンテレフタレート(PET)などの芳香族ポリエステルは、優れた熱的機械的特性を有し、広く使用されていますが、これらのポリマーは一般的な環境では非生分解性です。ポリ(ブチレンアジペート-co-テレフタレート)などの脂肪族-芳香族コポリエステルは生分解性を有しますが、一般に複数のモノマーをランダムに共重合すると結晶性の低下をもたらし、融点が低下します。我々は、生分解性ポリマーとして知られるポリグリコール酸やポリアミド4の構成単位であるグリコール酸やγ-アミノ酪酸などと、エチレングリコールおよびテレフタル酸を規則正しく配列することにより、比較的高い融点と生分解性を併せ持つ新規配列制御共重合体の合成に成功しました。

主要文献:
1) Nakayama, Fukumoto, et al. Polymers, 2023, 15, 1155.
2) Nakayama, Watanabe, et al. Int. J. Mol. Sci., 2020, 21, 3674.
3) Nakayama, Yagumo, et al. Polym. Degrad. Stab., 2020, 174, 109095.